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福岡地方裁判所 昭和63年(行ウ)2号 判決

主文

一  被告が原告に対して行った別紙処分目録一記載の処分を取り消す。

二  原告の別紙処分目録二記載の処分の取消しを求める訴えを却下する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して行った別紙処分目録記載の各処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 原告の訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告による公文書開示請求

原告は、福岡県内に居住する者であるが、昭和六二年四月二八日、被告に対し、福岡県情報公開条例(昭和六一年三月三一日福岡県条例第一号。以下「条例」という。)五条一項一号、六条に基づき、福岡県内における昭和六〇年度各県立高校の中途退学者数及び同年度各県立高校の原級留置者数に関する各公文書(以下「本件公文書」といい、本件公文書に記載されている情報を「本件情報」という。)の開示請求を行った(以下「本件開示請求」という。)。

2  被告による公文書非開示決定処分

被告は、原告の右請求に対し、昭和六二年五月一二日、条例九条一号本文、三号、五号該当を理由にして、条例七条一項による公文書非開示決定を行った(以下「本件非開示決定」という。)。

3  原告による異議申立

原告は、本件非開示決定を不服として、昭和六二年七月一三日、被告に対する異議申立を行った。

4  福岡県情報公開審査会による答申

福岡県情報公開審査会(以下「情報公開審査会」という。)は、条例一一条、一三条二項一号による審査を行った結果、昭和六二年一一月五日、本件開示請求は、条例九条一号本文、三号、五号のいずれにも該当せず、また、同条の他の各号にも該当しないとして、本件公文書をいずれも開示すべき旨、被告に対して答申した。

5  被告による当初処分一部変更決定処分

被告は、本件公文書はいずれも条例九条一号本文、三号、五号に該当するものとして、原告の異議申立を斥けるとともに、原告が開示を求めた各県立高校別の数値を記した文書とは異なる、被告が独自に作成した別文書である昭和六〇年度県立高等学校の学年別、理由別及び地区別の中途退学者数及び原級留置者数を開示するとの、昭和六二年一二月二三日付当初処分一部変更決定処分を行った(以下「本件一部変更決定」という。)。

6  本件非開示決定及び本件一部変更決定の違法性

(一) 本件非開示決定の違法性

(1) 被告の昭和六二年五月一二日付「公文書非開示決定通知書」によると、条例九条該当についての本件非開示決定の非開示理由は、〈1〉開示することで、理由の如何にかかわらず個人が識別され得るおそれがある(条例九条一号本文)、〈2〉県の機関内部における検討、調査、研究等に関する資料であり、開示により、調査、研究等に著しい支障を生ずるおそれがある(条例九条三号)、〈3〉開示することにより、当該事務事業の実施の目的が失われ、公正かつ適正な執行に支障を生ずるおそれがある(条例九条五号)とされている。

(2) しかしながら、本件公文書は、条例九条に該当しないのであるから、その開示を拒否した本件非開示決定は条例に違反した違法なものである。

(二) 本件一部変更決定の違法性

(1) 被告の昭和六二年一二月二三日付「決定書」は、本件公文書について条例九条一号本文、三号、五号に該当すると決定理由に明示しながら、その一方で、「当初の処分を一部変更して『昭和六〇年度の県立高等学校の学年別、理由別及び地区別の中途退学者数及び原級留置者数を開示する。』と決定する。」とした。

(2) 本件一部変更決定は、原告の異議申立の対象に対する裁決を行わず、右異議申立の対象文書とは別個の文書の開示を決定したものであって、条例に違反する違法な法的処分である。

また、本件一部変更決定は、情報公開審査会の答申を無視した不当な法的処分である。

7  よって、原告は、被告に対し、本件非開示決定及び本件一部変更決定の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

本件訴えは、次の理由により、いずれも不適法であるから、却下を免れない。

1  本件非開示決定及び本件一部変更決定は抗告訴訟の対象とならない。

行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三条二項にいう「行政庁の処分その他の公権力の行使」とは、行政庁が法の認めた優越的な地位に基づき、法の執行としてする権力的意思活動をいうものであって、その代表的なものは行政法上の法律行為的行為あるいは準法律行為と呼ばれる行政処分であるが、準法律行為であっても、その性質によって抗告訴訟の対象とならないものも存し、公権力の行使と目される行政庁の行政行為がすべて行訴法三条二項の処分に該当するわけではなく、その性質によっては処分とならないものも存する。

そして、本件非開示決定及び本件一部変更決定も行訴法三条二項の処分に該当しないものと解するのが相当であるから、これの取消しを求める本件訴えは不適法である。

なお、条例は、公文書を開示しない実施機関の決定に対して、行政不服審査法に基づく不服申立を認めているが、これをもって、直ちに、行訴法三条二項の処分に該当し、抗告訴訟が許されると解することはできない。

2  情報開示請求権の性質と本件訴えの適法性について

(一) 「知る権利」については、憲法その他の実定法に規定はなく、判例によって許容されたものでもないから、国民が国及び地方公共団体に対して「知る権利」を行使して、情報公開を求める権利があるということはできない。

(二) 条例一条及び三条は、「県民の公文書の開示を求める権利」という文言を用いているが、条例は右情報開示請求権の性質、内容等について何ら規定せず、専ら福岡県(以下「県」という。)の公文書開示の手続を規定しているのみであって、右開示請求権が法律的な意味における「権利」であるか否かは条例自体からは明らかではない。

なお、情報公開制度については、全国約四〇〇〇の地方公共団体のうち約四〇〇の地方公共団体において本件条例類似の条例が制定されているに過ぎず、国及び前記条例未制定の地方公共団体においては、公文書の公開はなされていないのであって、明治以来現在に至るまで、国及び地方公共団体を通じて法律で公開を義務づけた場合を除いては、公文書は一般の国民に対して閲覧を許さないという制度が採られている。

(三) 以上のとおり、条例の内容、情報公開制度の趣旨、目的、沿革等を総合的に判断すれば、右開示請求権とは、県が自発的に公文書開示の禁止を解除するのにともない、県民が公文書を閲覧することができるようになった法律上の地位ないし反射的利益を意味するものと解すべきであり、法律的な意味における「権利」として、法律によって保護された利益ではない。

そうすると、本件訴えは、行訴法九条にいう「法律上の利益」を欠き、かつ、同法一〇条にいう「自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として」処分の取消しを求めるものであるから、不適法である。

3  仮に、条例に基づく情報開示請求権が法的な権利であるとしても、条例は、全ての県民に対して個人の法律上の利益には直接関係のない公文書の開示を求める権利を与えるものであるから、右開示請求権を違法に侵害する処分の取消しを求める訴えは、行訴法五条に規定された民衆訴訟に該当し、選挙訴訟や住民訴訟のように「法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる」(同法四二条)ところ、原告に対して本件訴えを認める法律の規定は存在しない。

そうすると、本件訴えは、同法九条にいう「法律上の利益」を欠くものであり、かつ、同法一〇条にいう「自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として」処分の取消しを求めるものとなるから、不適法である。

4  本件訴えには、本案判決をする具体的な利益がない。

原告は、子供の学習権が保障されていないこと(学校教育におけるいわゆる「落ちこぼれ」の問題)が目に見える形で顕在化したものが、高等学校における中途退学及び原級留置の問題であるという認識のもとに、福岡県内の各県立高等学校(以下「県立高校」という。)における数年間の中途退学者数及び原級留置者数をみて、その理由や各県立高校が置かれている諸条件を調査し、それを検討、分析して、その原因を解明することができるものと考え、この研究の一つの資料を入手する目的で、本件各公文書の開示請求を行ったものである。そして、右の目的を達するためには、一方において、生徒側の事情、即ち、各生徒個人の性質、勉学態度、生活態度等が明らかにされる必要があり、また、他方において、学校側の事情、即ち、校長、教諭の指導、教育に対する熱意等が明らかにされる必要がある。

しかしながら、昭和六〇年度(四月一日現在)に全日制の県立高校に在学していた生徒は少なくとも昭和六二年度(昭和六三年三月三一日現在)には全て卒業しており、また、毎年行われる定期異動によって、各県立高校の教諭の半数程度は入れ替わっているのであるから、各県立高校ごとの中途退学者数及び原級留置者数が開示されたとしても、本件開示請求の目的とする必要な調査、検討、分析の対象が存在しないこととなる。

従って、現段階において、本件訴えには、本案判決をする具体的な利益がなく、不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁

1  行訴法三条に関する被告の主張について

本件非開示決定は被告による「決定」の形式でなされ、右「決定」の外形は行政庁の行政行為と理解されること、条例では右「決定」に対する不服申立が許されていることからすれば、これに対して抗告訴訟を提起できるのは当然である。

2  行訴法九条に関する被告の主張について

(一) 公開原則と国民の「知る権利」について

近代国家においては、国民主権と民主政治実現のために国家行為の公開が国家の基本原則とされており、また、国家に対する民主的コントロール実現のために主権者たる個々の国民に「知る権利」が認められているのであって、情報公開制度は、近代国家における公開原則と国民の「知る権利」によって基礎づけられるものである。

この「知る権利」は、情報を受け取る権利であるとともに、情報を積極的に求める権利として、憲法上包括的に保障された権利であるが、「知る権利」を行使して、情報開示を直接請求するためには、開示されるべき情報、開示すべき主体、開示を要求する手続等の明確化が必要であり、憲法上の包括的保障のみでは、「知る権利」の具体的行使が困難であるから、その行使の基準を法律・条例に委ねて明確化しているのであって、条例も憲法上の「知る権利」を具体的に保障する制度として制定されたものである。

(二) 条例による「知る権利」の保障と被告の開示義務

(1) 条例は、「県民の公文書の開示を求める権利」を保障する旨明示している(条例一条)。

条例は、県民の主体的地位の確立により民主政治のより一層の発展を図るためには、県民が県政に関する情報をより多く、より詳しく知ることが重要であるという認識のもとに、開かれた県政を発展させることを目的として、昭和六一年三月三一日に制定されたものであり、情報公開・公文書開示の要求を権利として確認し、保障することによって、県民の地方自治への参加をより強固に保障し、公正で民主的な行政の実現を図ることができるとの理念が確認されているのである。

(2) 条例によって、「県民の公文書の開示を求める権利」が具体的に保障される結果、実施機関(当該行政庁)は、県民の右権利を保障するとともに、条例の解釈・運用に当たっても、右権利が十分に尊重されるように条例を解釈・運用することを義務づけられている(条例三条前段)。

被告は、右の実施機関に該当し(条例二条二項)、また、原告が開示請求する本件情報を公文書として保管・管理しているものであるから(条例二条一項)、本件情報を原則として開示すべき義務を負う。

(三) 以上のとおり、原告が被告に対して本件公文書の開示を請求する権利は、条例上認められた権利であり、かつ、被告は、原則として、これを開示すべき義務を負う者であるにもかかわらず、その開示を拒否して、本件非開示決定及び本件一部変更決定をなしたのであるから、原告はこれらの処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」を有する者である。

3  行訴法一〇条に関する被告の主張について

原告は、原告が行った本件公文書の開示請求に対する被告の二度にわたる拒否処分の違法のみを争うものであり、それ以外の点についての違法や他人の行った開示請求に関連しての違法を争うものではないから、本件訴えは行訴法一〇条の要件を満たしている。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5の事実は認める。

2(一)  同6(一)のうち、(1)の事実は認め、(2)の主張は争う。

(二)  同6(二)のうち、(1)の事実は認め、(2)の主張は争う。

なお、本件一部変更決定は、本件非開示決定に対する原告の異議申立を棄却したうえで、被告において条例一条に規定された開示請求の趣旨に沿うと判断した資料を開示した事実上の行為である。

五  本案についての被告の主張

1  学校教育の特殊性と公文書開示の限界

(一) 学校教育は、心身の発展途上にある児童・生徒、即ち、感受性に富み、外部からの影響を受けやすく、一方では可能性の豊かな子供達をその対象とする。

また、学校教育は、単に知識や技能を授けることのみを目的とするものではなく、より本質的には子供達一人ひとりの健全な人格的成長を図ることを目的とするものであって、子供達の未成熟で傷つきやすい心に直接的に関与しながら、その可能性を育てていくものである。

(二) 前記学校教育の本質的性格から、実際に教育を実施するに当たっては、児童・生徒の健全な成長を促すとともに将来の可能性や人格形成への影響を踏まえた、様々な教育的配慮が必要となる。しかも、次代を担う青少年の育成は、単に保護者や学校関係者だけの責務ではなく、これを取り巻く社会全体の責務であるから、単に学校教育に直接携わる者だけではなく、これと関わりを持つ社会一般の人々についても前記教育的配慮の必要性が広く求められるのであって、その結果、社会一般の人々の行動が一定の制約を受けることとなるのである。

また、右の教育的配慮の対象は、単に生徒の個人的秘密に属する事項に限られるものではなく、広く学校に対する地域社会の信頼を低下させたり、在籍する児童・生徒全体の人格形成に悪影響を及ぼすような事項にも及ぶものである。

なお、この教育的配慮の対象や程度は、その時々の教育を巡る社会状況や具体的な情報の性質に応じて個別的に判断せざるを得ないものであるが、この教育的配慮は児童・生徒の将来に関わるものであり、しかも、いったんこれが損ねられた場合には、その修復はできないものである。

(三) 以上によれば、学校教育に関する様々な情報を開示するか否かの決定を行うに当たっては、通常の行政分野に関する情報とは異なり、これを開示することが、個々の生徒の人格形成や学校全体の教育活動にいかなる悪影響を及ぼすものであるかについての慎重な配慮が必要であり、特に、高等学校の段階は青少年の人格形成上最も重要な時期に当たり、自己に対する外部の評価や自他との比較に敏感な年代であるため、特に慎重な配慮が望まれる。

(四) 被告は、今日の社会状況に鑑み、公表しても教育上特に支障のない情報については、可能なかぎり積極的に公表しており、中途退学や原級留置に関する情報についても、福岡県下全体の総数や理由別の内訳等については毎年公表してきているものである。

しかしながら、本件開示請求は、学校名を挙げて、各学校のこれらの情報の開示を求めるものであって、教育上許容し得る範囲を超えるものである。

2  本件情報は、条例九条一号本文、三号、五号に掲げる情報に該当するから、条例上文書を開示する場合に当たらない。

(一) 条例九条一号該当について

以下のとおり、本件公文書には、特定の個人が識別され得る情報が含まれている。

(1) 中途退学や原級留置は、今日の社会状況のもとでは、その理由がいかなるものであれ、そのこと自体が一つの不名誉と評価されることが多く、これが明らかになった場合には、当該生徒は、進学や就職、結婚等の社会生活において、様々な不利益を被ることが多い。

(2) 中途退学者の中には、〈1〉青年期の悩みや葛藤から登校拒否になり学業を中断せざるを得なくなった者、〈2〉病状が悪化してやむをえず退学する者、〈3〉保護者の事業の失敗などからこっそりと退学していく者等が存在しているが、その外に、問題行動等による中途退学の理由として、〈1〉喫煙・いじめ・暴力・家出・薬物乱用・金銭強要等を繰り返し、学校で指導を重ねたものの、一定の限界を超えたこと、〈2〉窃盗・傷害等の悪質な事件を起こしたことが挙げられ、そのなかには少年院へ送られる場合も存する。

また、原級留置の理由は、〈1〉成績不良、〈2〉怠学・登校拒否・心身症・病気・怪我・家庭の事情等による出席日数の不足に大別することができる。

以上のとおり、中途退学や原級留置の理由はいずれも本人にとっては他人に知られたくない事実であり、しかも、その理由が明らかになると本人に決定的な不利益をもたらす事由も少なくない。

(3) ところで、中途退学者や原級留置者については、当該学校の教職員、級友ないし親しい友人といった限られた範囲の者には、その事実やこれに至った事情がある程度知れ渡っているのが通常であるから、かかる状況のもとで、被告が各学校ごとの中途退学者や原級留置者の人数を公開し、その情報がマスコミ等を通じて一般に公表されることになれば、特に中途退学者や原級留置者が単数または少数の学校においては、そのことが学校内で大きな話題となり、級友や親しい友人を通じて、本人の秘密が広く知れ渡る可能性がある。さらに、こうした噂に尾鰭が付いて、様々な誹謗や中傷をもたらすことは十分に考えられ、特に、未だ当該学校に在籍する原級留置者は、自分の失敗が多くの生徒に知れ渡ることで、いたたまれない思いをすることとなる。

また、こうした情報を第三者が悪意を持って利用しようとする場合には、本人に極めて重大な不利益を及ぼすおそれがある。特に、中途退学者が少数の学校の場合には、それが誰であるのかを特定することは極めて容易であり、在校生を通じてその事情を聞き出せば、本人の過去の犯罪歴さえも知ることができるのであって、第三者が悪意を持って右情報を利用すれば、当該生徒に対し、進学、就職、結婚等の社会生活上の様々な不利益をもたらすことが可能となる。

(4) 以上のように、各県立高校別の中途退学者や原級留置者の人数の公開は、本人の秘密を多くの者に知られる結果をもたらす可能性があり、教育上のみならず社会生活上も種々の不利益をもたらすおそれがある。

(二) 条例九条三号該当について

以下のとおり、本件公文書には、県の機関である被告と県立高等学校との間における調査に関する情報で、開示することにより、将来の当該又は同種の調査研究等に著しい支障を生ずるおそれのあるものが記録されている。

(1) 被告が各県立高校に対して行う調査活動の中には、入学者選抜における各県立高校ごとの志願状況、転入学の実施計画に関する調査のように各県立高校ごとの調査結果を公表することを目的として行うものも存する。しかしながら、中途退学者や原級留置者に関する調査は、被告内部における行政施策の立案等に用いる基礎資料を得るために行うものであって、各県立高校ごとの調査結果の公表を目的として行うものではなく、右調査結果の公表は予定されていないのであるから、回答する県立高校側も、学校ごとの個別的な調査結果の公表を予想していないのが通常である。

また、学校と保護者・地域社会との間の信頼関係は、当該学校の教育が有効に機能するかどうかを決定する重要な要素であるところ、本件情報のように学校に対する地域社会の評価を左右するような重大な調査事項については、非公開の保障があってはじめて回答する学校からの積極的な協力が期待できるものである。

さらに、被告としては、中途退学等に対する適切な行政施策を立案するために、直接中途退学等になった生徒に回答を求めたり、その後の追跡調査を行う必要があるところ、右の調査を実施するうえでも、当該生徒のプライバシーが確実に守られるという保障がなければ、調査への協力は到底期待できない。

以上により、被告が本件公文書を公開することになれば、被告に対する各県立高校や中途退学者等の信頼が損なわれ、今後被告が行う種々の調査研究に対する積極的な協力が期待できなくなるおそれがある。

(2) 次に、中途退学や原級留置の分析・検討は、単に本件公文書にかかる調査事項のみで足りるものではなく、他の調査研究事項(各県立高校における教育課程や指導方法のあり方、中学校における進路指導のあり方、家庭環境等)と併せて多角的かつ総合的に分析・検討する必要があり、また、長期にわたる継続的な調査・研究がなされることによってはじめて、中途退学や原級留置に対する適切な対策が講じられるものである。

しかるに、単に特定年度における各県立高校ごとの中途退学者や原級留置者の人数のみが公表された場合には、その数字のみで各県立高校の教育活動の善し悪しが評価され、それが当該学校の恒常的な状態であるかの如き誤解を与えることは必至であるから、県立高校の中には、生徒の進学や就職への影響を考慮して、単に中途退学者や原級留置者の人数を減らすことだけのために、毅然とした生徒への対応を行わなくなったり、安易に進級を認める等の表面的な解決方法によって真相を糊塗する事態が生ずるおそれがある。

右のような事態が生じた場合には、被告としても、各県立高校の実態を正確に把握することが困難となり、適切な行政指導の立案ができなくなるおそれがある。

(3) 以上のように、各県立高校ごとに中途退学者や原級留置者の人数を公開することは、いたずらに県民の不正確な理解や誤解を招き、被告に対する各県立高校や中途退学者等の信頼を損ない、今後、被告の行う種々の調査研究活動や適切な行政施策の立案等に著しい支障を及ぼすおそれがある。

(三) 条例九条五号該当について

以下のとおり、本件公文書には、被告の行う監督、試験に関する情報であって、かつ、開示することにより、当該調査に関する各県立高校との信頼関係もしくは協力関係が著しく損なわれ、もしくは、その円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれがある情報が記録されている。

(1) 生徒の人格形成等に与える悪影響

近年、高等学校教育は著しく普及し、福岡県においても、一一〇校の県立高校が設置されている。これらの県立高校は、本来独自の伝統や校風を有し、また、設置する学科によってもそれぞれ異なる教育目標を有するものであるが、現実の社会においては、大学等への進学実績や入試の難易度によって、県立高校の社会的価値を一元的に序列化する傾向が強まっている。

そこで、被告は、こうした誤った学校序列化意識が形成、助長されるようなことのないように、県立高校に入学してくる生徒の極めて多様化した個性や能力に応じて、各県立高校が「特色ある学校作り」に努め、個性的で多様な教育活動を展開するように従来から指導している。

しかし、現実には、社会一般の学校序列化意識の下で、学力レベルの高くない県立高校に在籍する生徒の中には、単にそのような学校に在籍しているという事実だけで、一種の劣等感あるいは「あきらめ」といった感情を抱きつつ、せめて高等学校だけは卒業したいという気持から通学を続けている者も少なくない。そして、これらの生徒は、自ら進んで当該学校に入学したのではなく、自己の学力に照らしてやむを得ず入学してくる場合が多いので、当該学校で学ぶ意欲や誇りが希薄であり、ちょっとしたきっかけで学校生活への不適応を起こしたり、非行や怠学に走る場合が多い。そこで、右のような学校では、中途退学や原級留置が多く発生し、また、生徒の問題行動の発生率も高いのが通常であって、その結果、さらに、当該学校に対する地域社会の信頼を一層低下させるという悪循環を招くことになっている。

このような状況下で、中途退学者や原級留置者の県立高校別の人数が公開され、これが何らかの形で広く一般の人々に伝わった場合には、その数の多少と学校の学力水準とが短絡的に結び付けられ、これによって、中途退学者等の多い県立高校に対する社会一般の誤解、偏見、不信の念を一層増幅し、そこに在学する生徒に対する評価の低下を決定的なものにしてしまうおそれがある。そうなると、その生徒にとっては、被告自らの手でその劣等感等に烙印を押されるとともに、その後の高校生活を一層肩身の狭い思いをしながら送らせる結果となり、学習意欲や学校に対する帰属意識の低下につながり、新たな中途退学や原級留置を誘発するのみならず、その生徒が卒業後就職や結婚等の社会生活を営むうえでも種々の不利益を被るおそれがある。

以上のように、学校名を挙げての各県立高校ごとの中途退学者や原級留置者の人数を公開することは、社会一般の学校序列化意識を助長し、生徒の人格形成や卒業後の社会生活にまで様々な悪影響を及ぼすおそれが大きく、教育の適正な執行を著しく阻害するものである。

(2) 学校の教育活動に与える支障について

学校教育は、教育専門家により構成される半ば自律的な組織体である学校を通じて実現されるものであり、被告の立案する教育行政施策も学校の主体的な取り組みを待って初めて有効に機能するものであるから、教育行政においては、通常の行政組織とは異なり、必ずしも権力的な上意下達による行政運営の方法になじまない場合が多く、指導・助言等を中心とした行政運営の方法がとられることが多いのであって、このような学校教育の基本的性格から、教育が県民の意を体して真にその目的を達成するためには、被告と各学校とが強い信頼関係で結ばれ、共通の目的に向かって一致協力しあうことが不可欠である。

また、今日の高等学校教育においては、各学校がそれぞれの特色や入学してくる生徒の実態に応じて、生徒一人ひとりの個性や能力を最大限に伸長し得るよう、教育の多様化、個性化の必要が叫ばれており、現在、県立高校においても、このような教育の実現に向けて懸命の努力が続けられているところである。特に、中途退学者や原級留置者の多い学校においては、種々の困難な事情を抱えながらも、生徒の学習意欲を喚起し、将来への目的や希望を持たせて社会へ送り出すべく、日々努力している。

右のような状況下で、被告が、各県立高校ごとの中途退学者や原級留置者の人数を公開することは、県立高校に対する県民の序列化意識を一層助長する結果をもたらすものであって、現在被告等が推進している県立高校教育の多様化、個性化方策の実現を、被告自らが著しく阻害することとなり、特に、中途退学者や原級留置者の多い学校にとっては、地域社会の否定的な評価を決定的なものにしてしまうため、被告がこれらの学校の懸命な努力に水をさし、学校の教育力を弱める結果となるのである。

さらに、この情報が公開されれば、これが中学校等における進路指導に誤って利用され、中途退学者の多い県立高校への志願者が減少するなどの悪影響が生じることは容易に予想されることである。

以上のように、各県立高校ごとの中途退学者や原級留置者の人数を公開すれば、被告自らが各学校や地域社会との信頼関係を破壊する結果を生じ、今後の教育活動や行政施策の適正な遂行に重大な支障を及ぼすおそれがある。

3  原告の請求は、権利の濫用である。

(一) 条例における情報開示請求権の内在的制約について

条例における情報開示の目的は、「県民の県政への参加のより一層の促進を図り」、「県政に対する県民の理解と信頼を深める」ことにより、「地方自治の本旨に即した公正で開かれた県政の発展に寄与すること」であるから、条例における開示請求権には右の立法目的による内在的制約が存するものである。

しかしながら、本件開示請求は条例における情報開示の目的に沿うものではなく、かつ、原告の子弟の進学先高等学校選択その他の個人的な利益もないのであるから、原告には本件開示請求について法律上の具体的な利益はない。

(二) 本件開示請求の目的と本件公文書の関係について

(1) 原告が本件開示請求の目的を達するためには、中途退学及び原級留置の原因が、当該生徒、家庭、学校のいずれにあったのかを調査して明らかにすることが必要であるところ、原告が請求しているのは、各県立高校ごとの中途退学者及び原級留置者の人数だけであるから、原告が前記目的を達するためには開示後において該当する生徒の氏名を特定しなければならない。

しかしながら、該当する生徒の氏名を特定することは、生徒のプライバシーを侵害するものであるから許されず、また、仮に原告が当該県立高校に問い合わせたとしても、各学校長において各学校ごとの該当人数の開示にすら反対している県立高校が当該生徒の氏名を教示することはあり得ないから、原告が調査に必要欠くべからざる当該生徒の氏名を知ることは不可能である。

(2) 原告は、被告によって開示された「昭和六〇年度県立高校の学年別、理由別及び地区別の中途退学者数及び原級留置者数」によって、昭和六〇年度を含む六年度につき、八項目に及ぶ中途退学の事由及び各事由に該当する人数を承知しており、また、文部省発表の資料によって全国の各都道府県別の公立高等学校における理由別の中途退学者数及び原級留置者数を承知しているのであるから、原告の前記目的は既に達成されたものというべきであり、さらに本件公文書の開示を認める必要はない。

(三) 本件情報が開示された場合の影響について

(1) 生徒等に生じる影響

一般に、学校は、生徒の将来を考え、中途退学や原級留置とした生徒の氏名が外部に洩れないように配慮しており、特に、事由によっては、保護者と協力して、中途退学の事実が外部に洩れないよう、また、仮に中途退学の事実が外部に洩れたとしても、その真の理由が分からないように特別の注意を払っている。

しかしながら、学校が中途退学の事実や理由を秘匿していても、学校別の中途退学者数等が開示されると、中途退学の事実や理由までが明らかとなり、当該生徒のその後の生活に影響することとなり、また、その影響は当該生徒のみに止まらず、当該学校に対して、教育環境として好ましくないとの風評が立ったり、当該学校に在学する生徒だからとの理由だけで、他の生徒の縁談や就職等に影響を及ぼすことになる。

右のような悪影響は、中途退学ばかりでなく、原級留置の場合にも同様であって、特に、原級留置の場合には、数値が発表された時点で、その生徒がなお当該学校に在学している場合もあるから、その受ける影響も大きいといわなければならない。

(2) 学校等に生じる影響

県立高校は、法律によって設置、運営される教育機関で、特定の人的要件(校長・教員その他の職員、生徒、卒業生をもって組織する同窓会、父母教員を構成員とするPTA等)を備え、組織的、継続的に教育活動を行う施設であり、その法的性格は公の施設(地方自治法二四四条)であって、法人格は持たないものの、時には教育行政上の一機関としての立場を離れて、実質的には各学校がそれぞれ独立した社会の構成分子として認識され、その機能を果たしている。

そして、小中学校が義務教育であるのに対して、県立高校は大学進学、就職と直結する立場にあるから、その中途退学者数及び原級留置者数は当該県立高校に対する評価に直接関係する重要な要素として、県民、特に高校入学予定の子供を持つ親の強い関心の的となっており、本件情報が開示された場合に学校の受ける影響は、一般の出先行政機関が受けるものとは質的に異なるものがある。即ち、その影響とは、外部に対してみだりに公表されるべきでないものが公表されることによる影響であって、学校本来の使命である教育の実効を上げるためにも、かかる影響をできる限り避ける処置がとられるべきであって、それ故、各県立高校はその公表に強く反対しているものである。

中途退学は、進路変更、学校生活・学業不適応、非行等を原因とし、原級留置は、学業不振、出席日数不足を原因としており、その事情、理由は学校ごと、生徒ごとに異なるから、単に人数だけの公表を求めることは無意味である。

しかしながら、中途退学者等の数が発表された場合には、中途退学者が少ない学校においては、誰が中途退学者であるのかが世間の噂の種となり、また、中途退学者が多い学校においては、当該学校自体に問題があるものとして、地区内での学校評価を低下せしめるおそれがある。

中途退学者が多いことが、直ちに、その学校が他の学校と比較して指導力に欠けていたり、学力の低い生徒によって占められていることにつながるわけではなく、中途退学者が多い学校に通学する生徒の中にも真面目に学業に励み、体力作りやクラブ活動に精を出している者も多数在学しており、また、生徒の学力向上やその他の学校教育の目的達成のために絶えず努力して、中途退学者等の数が低下するように精励している教師もいるのであるが、仮に、当該学校の中途退学者が多いという事実が公表されると、一部の生徒や教師の努力にも関わらず、その地域の住民間における当該学校に対する評価が低下し、募集定員割れの一つの原因ともなり、学校の期待する教育効果に対し悪影響を与え、県全体の学校教育に齟齬を来すこととなる。

(3) 以上のとおり、本件公文書が開示された場合には、被告、各県立高校は著しい迷惑を被り、生徒の教育に重大な支障を与える結果を招くおそれがある。

4  以上より、本件請求はいずれも棄却されるべきである。

六  本案についての被告の主張に対する原告の反論

1  条例の解釈のあり方について

(一) 前記三2において主張したとおり、条例は「県民の公文書の開示を求める権利」を保障する旨明示しており、また、条例に定める情報公開制度は、公文書を公開することを原則としているのであるから、条例は、「県民の公文書の開示を求める権利」が十分に尊重されるように、また、不当に侵害されることのないように、あくまでも「原則公開」という情報公開制度の趣旨に則って解釈されなければならない。

(二) 条例の解釈運用上の留意点

(1) 条例の解釈運用に関して、特に留意すべき点として、立法過程において以下の指摘がなされていた。

〈1〉 条例九条三号に規定する行政情報は、行政における内部的な審議等の意思形成過程における情報であり、行政内部情報と呼ばれるものであるが、福岡県情報公開審議会(以下「情報公開審議会」という。)は、県民の県政への理解、協力、信頼を一層高め、その行政参加の実をあげるために、とりわけ政策分野の意思形成過程の情報が広く公開されることが望ましいと指摘し、行政内部情報のうち、未成熟で不明確な情報の場合には、公開することにより究極的にはかえって県民の利益を損なうこともあるから、それを公開原則の適用除外とすれば足りると述べている。

〈2〉 条例九条五号に規定する行政情報は、県内部における意思決定後の情報のうち、捜査に関する情報を除いた全ての情報を指すものであり、行政運営情報と呼ばれるものであるが、情報公開審議会は、行政の意思決定後の情報は、全てについて速やかに県民に公開されてこそ、行政意思のより良い実現が可能となるから、この情報の開示は、情報公開制度の実効性を左右する重要な事項の一つであり、これを開示しないとすることには、特に慎重でなければならず、公開原則の適用除外となる行政運営情報は、具体的、限定的に列挙したうえ、条例の解釈運用基準でさらに具体化する必要があると指摘していた。

(2) 以上のとおりの条例の立法経過からみて、行政情報の公開原則の例外事由を定めた条例九条の解釈に当たっては、同条各号前段に規定する情報の該当、不該当と同条各号後段に規定する該当、不該当性とを区別したうえで、個別的、具体的、客観的、限定的に、その該当、不該当性を判断し、厳格に解釈運用されなければならない。

(三) 学校教育の特殊性と公文書開示の限界について

(1) 前記三2(二)(2)において主張したとおり、被告は、本件公文書を原則として開示すべき義務を負うものであって、条例の基本理念である情報の原則開示を前提として、条例九条各号を解釈し、開示請求された情報が条例九条各号の要件に該当する場合にのみ、これを開示しないことができるに過ぎない。そうすると、九条各号の解釈基準に被告の主張する「学校教育の特殊性」や「教育的配慮の必要」を考慮することは許されず、また、右「学校教育の特殊性」等は条例九条各号の要件に該当しないから、これを理由として情報の開示を拒否することはできない。

(2) 被告の主張する「学校教育の特殊性」や「教育的配慮の必要」は、恣意的な内容のものである。

本件公文書は、中途退学・原級留置の問題を解決するうえで重要な情報であるが、被告は、右情報を用いて、中途退学・原級留置に関する対策を講じたことはなく、また、本件公文書が開示されても、学校教育上何らの支障も来さないのである。したがって、県民としては、本件公文書の分析・検討を通じて中途退学・原級留置の問題を解決する必要があり、その際に、被告が、「学校教育の特殊性」等を理由として、本件公文書の開示を拒否することは許されない。

2  本件非開示決定の違法性

以下のとおり、本件公文書は、条例九条に該当しないのであるから、その開示を拒否した本件非開示決定は条例に違反し、違法である。

(一) 条例九条一号本文不該当

(1) 本号の趣旨

条例九条一号は、行政情報の公開により個人のプライバシーが侵害される結果となることを防止するために、個人情報、即ち、特定の個人が識別され、また、識別され得る情報を広く開示の適用除外としている。

本号によって、開示しないことができる情報というためには、〈1〉個人に関する情報であること、〈2〉特定の個人が識別され、または識別され得るものであることの二つの要件が必要であるから、本件情報が本号に該当するか否かは、右の二つの要件に照らして検討されなければならない。

(2) 「個人に関する情報」について

本号にいう「個人に関する情報」とは、特定の個人に直接かかわる情報であるから、特定の内容を持つ情報から特定の個人を識別し得る標識(氏名、住所、生年月日等)を分離、削除した統計数字等の情報は本号にいう「個人に関する情報」に該当しない。

したがって、各県立高校についての中途退学者及び原級留置者の数字は、本号にいう「個人に関する情報」に該当しない。

(3) 特定の個人の識別の可能性について

〈1〉 本件情報から特定の個人が直接に識別されることはない。

〈2〉 当該情報から特定の個人が直接に識別・推測されなくとも、他の情報と結びついて間接的に特定の個人が推測される場合には、当該情報には特定の個人が識別される可能性が認められるが、その場合の推測とは単なる憶測ではなく、明確な認識でなければならないのであり、また、当該情報及びこれと結びつけられる情報は、それぞれの情報だけでは特定の個人の識別はできないが、両者が不可欠の要素として結びついて特定の個人が識別できるものでなければならないのであって、当該情報がなくとも他の情報によって特定の個人についての認識が得られるのであれば、当該情報は特定の個人の識別とは無関係であるといわなければならない。

しかしながら、本件情報と結びついて特定の個人が高等学校を中途退学したり、原級留置となったという認識が得られる情報は、特定の個人が当該高等学校を中途退学したり、原級留置となったという情報以外にはあり得ず、また、当該高等学校の中途退学者数や原級留置者数を知った者が、誰が中途退学者や原級留置者であるのかを知るためには、これらの者の氏名を知っている者からその氏名を聞き出すほかないのであるから、本件情報は他の情報と結びついて特定の個人を識別できる情報とはいえない。

〈3〉 以上より、本件情報には、特定の個人の識別の可能性は認められない。

(4) 以上より、本件情報は、条例九条一号本文に該当しない。

(二) 条例九条三号不該当

(1) 本号の趣旨

条例九条三号は、「県の機関内部もしくは機関相互間……における審議、検討、調査研究等に関する情報であり」(前段)、「開示することにより、当該又は同種の審議、検討、調査研究等に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」(後段)と規定する。

本号は行政内部における意思形成過程の情報について規定するものであるが、意思形成の段階における情報(いわゆる行政の「手の内情報」)は、検討過程における未成熟・不正確な情報や検討素材として特に公にしないことを条件として外部から任意に提供された情報であるから、これが開示された場合には、県民に不正確な理解や誤解を与えたり、一部の利用者が不当な利益を得たり、外部との信頼・協力関係が毀損されたり、自由な意見交換が妨げられたりするおそれがあるので、かかる弊害を防止するために本号が設けられたものである。

(2) 本号前段について

本号前段に規定する情報とは、行政の意思形成過程における特定の企画、審議、検討、調査、研究、協議、調整、相談打合せ等に関する情報に限定されるものである。仮に、右情報に施策立案のための一般的な基礎資料まで含めると解した場合には、行政は何らかの施策立案のために行政認識をし、諸資料を収集するのであるから、行政の手持ち資料は全て本号前段に規定する情報に該当することとなり、不当である。

ところで、原告が開示を求める本件情報は、福岡県立高等学校学則その他の法令ないし職務命令に基づき、各県立高校から毎年定期的、義務的に報告される確定した数字であって、一般的な現状認識のための統計資料にすぎないから、行政内部の何らかの特定の企画、審議等における意思形成過程における資料でもなければ、これに直接使用するために収集作成した資料でもない。

したがって、本件情報は、本号前段に規定する情報には該当しない。

(3) 本号後段について

本号後段に規定する「開示することにより著しい支障を生ずるおそれがあるもの」とは、「未成熟・不正確な情報」、「一部の利用者に不当な利益を与えるおそれのあるもの」、「外部から任意に提供された資料で公にしない条件明示のあるもの」、「自由な意見交換が妨げられるおそれのあるもの」、「その他審議等に著しい支障を生ずるおそれのあるもの」に限定される。

ところで、本件情報は、毎年定期的に作成される確定した統計資料であるから、県民に不正確な理解を与えるおそれはなく、その開示によって誰かに不正な利益が発生することもない。また、義務的に作成されるものであるから、提供者との間の信頼関係が損なわれて情報が得られなくなることもない。さらに、その開示が自由な意見交換の場を生み出すことはあっても、自由な意見交換を妨げるおそれはない。

以上のように、本件情報が公開されたとしても、本号後段にいう企画、審議、検討、調査研究等に著しい支障を生ずるおそれはない。

なお、公立学校の費用負担をし、これに子供の将来を託そうとしている県民としては、公立学校の教育環境を知ることができるのであり、又、学校及びその指導責任を負う教育委員会としては、これを県民に知らせる義務があるというべきであるから、その実情が批判を招くほどに悪化しているとしても、その事実を秘匿することはできないのであって、これに反する被告の主張は失当である。

(4) 以上より、本件情報は、条例九条三号に該当しない。

(三) 条例九条五号不該当

(1) 本号の趣旨

条例九条五号は、「県の機関又は国等の機関が行う取締り、監督、検査、許可、試験、入札、交渉、渉外、争訟その他の事務事業に関する情報であって」(前段)、「開示することにより、当該事務事業の実施の目的が失われ、その公正かつ適正な執行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの又は当該事務事業に関する関係者との信頼関係もしくは協力関係が著しく損なわれ、その円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」(後段)と規定する。

本号の趣旨は、対立的当事者、即ち、相手方が予定され、一定の情報が相手方に漏れると、その事務事業の目的を達することのできない種類の事務事業について、かかる弊害を防止することにある。

(2) 本号前段について

本号前段に規定する情報とは、〈1〉取締り、監督、検査の計画、方針、内容等に関する情報、〈2〉許可、認可、特許、免許、取消、停止等の行政処分に関する情報、〈3〉試験の問題や採点基準、〈4〉入札の予定価格といったように、いずれも、これらの情報が相手方に漏れると、その事務事業の目的を達することのできない情報である。

そして、本号が対象とする文書とは、具体的には、〈1〉取締りの日時・体制等を記した文書、試験問題、入札予定価格など、その開示が事業実施目的そのものを失わせることになるもの、〈2〉設計単価表、損失補償標準書など、反復継続される同種の事務事業の公正かつ適正な実施を困難にするおそれがあるもの、〈3〉用地買収交渉記録、企業誘致折衝記録、民間給与実態調査個表など、開示することにより、関係当事者の信頼・協力関係を著しく害すると認められるもの等であって、事業実施と文書の非公開が一体不可分の関係にある、いわば「行政の手の内」として事業自体の性質上本質的に非公開とされるべき文書である。

しかしながら、本件情報は、右のような情報ではないから、本号前段に該当しない。

なお、被告は、本件情報が「被告の行う試験・監督に関する情報」に当たると主張するが、本号前段に規定する試験・監督に関する情報とは、監督の計画、方針、内容に関する情報、資格試験、採用試験等における試験の問題や採点基準又はこれに準ずる情報でなければならないところ、本件情報は右のような情報ではない。

(3) 本号後段について

本件情報が開示されたとしても、教育行政に著しい支障を生ずることはなく、むしろ、教育行政に地域住民・父母等の教育への参加を促すという積極的効果を生ずるものである。

したがって、本件文書の開示により「当該事務事業の実施の目的が失われ」、「その公正かつ適正な執行に著しい支障を生ずるおそれ」又は「当該事務事業に関する関係者との信頼関係もしくは協力関係が著しく損なわれ、その円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれ」はない。

なお、被告は、中途退学者や原級留置者の人数のみの公開では、住民等に当該高等学校についての誤解が生じると主張するが、右人数の公開を契機として、住民等が中途退学や原級留置の原因についての関心を有することとなり、積極的に教育に参加する道が開かれるのであって、教育行政上も望ましい結果が生じる。また、仮に、右の誤解が生じるとしても、被告としては、前記人数の生じた原因・問題点等も同時に公開して、正しい理解を求める措置を講ずれば足りるのであり、その場合には、より一層の効果が期待できるものである。

(4) 以上より、本件情報は、条例九条五号に該当しない。

3  本件一部変更決定の違法性と不当性

(一) 条例外措置の違法性

原告が本件異議申立の対象としたものは、本件公文書(「昭和六〇年度の各県立高校の中途退学者数及び原級留置者数」)の非開示処分であるから、右異議申立の対象に対応すべき裁決として、被告が取り得る措置は、条例上、本件公文書の開示または非開示(条例七条)もしくは部分開示(条例一〇条)に相当する裁決でなければならない。

しかしながら、本件一部変更決定の「主文」は、「当初の処分を一部変更」するとして、原告が申立の対象として揚げた本件公文書とは別個の公文書である「昭和六〇年度の県立高等学校の学年別、理由別及び地区別の中途退学者数及び原級留置者数」を開示するというものであって、被告は、原告が開示を請求した本件公文書についての開示または非開示の裁決をなしたものでもなく、また、被告が「一部変更」と称して開示したものは、異議申立以降に被告において独自に作成した文書であって、各県立高等学校が作成した本件公文書とは別個の文書であるから、条例一〇条にいう部分開示にも該当しない。

よって、原告の異議申立の対象に対する裁決を行わず、右異議申立の対象文書である本件公文書とは別個の文書の開示を決定した本件一部変更決定は、条例に違反する違法な法的処分であるといわなければならない。

(二) 情報公開審査会の答申を無視した不当性

(1) 県民の開示請求権の救済を保障するためには、「適用除外事項」に該当するか否かについての行政庁の判断・決定に対し、速やかに不服を申立て、遅滞なく公正な審査が行われ、行政庁の違法・不当な処分などに関し、簡易迅速な手続による権利利益の救済を目的とする行政救済制度が必要であるところ、条例においても、右の審査を行う機関として、情報公開審査会を設置している(条例一三条)。

(2) 情報公開審査会は、非開示処分に対する申請者の不服申立等に際し、「権利利益の救済を図る」ことが目的であるから、その機関の構成はできる限り第三者的になされ、公正な専門的審査が行われ、かつ、審査結果が行政庁により尊重されるなど、権利救済システムとして行政庁に対する事実上の拘束力を有するものであることが前提であり、そのように制度的に運用される必要があるところ、条例一一条は、非開示決定に対し、行政不服審査法の規定に基づく不服申立があった場合には、実施機関は「遅滞なく福岡県情報公開審査会の議を経て、当該不服申立についての決定をしなければならない」と規定し、また、条例一三条五項に基づき定められた福岡県情報公開審査会規則三条は、その組織構成に関して「審査会の委員は地方自治及び情報公開制度に関して優れた識見を有する者のうちから知事が任命する」と規定している。

したがって、実施機関は、情報公開審査会から、非開示決定の理由である適用除外事項の適用に関する実施機関の判断の違法性・不当性の有無についての審議結果の報告を受けたときは、その意見を尊重しなければならないものである。

しかるに、被告は、本件に関する情報公開審査会の答申を結果的に無視したのみか、答申前において既に、被告の意向に反する答申がなされた場合には当該答申を拒否するとの意向さえ表明していたのであって、かかる被告の態度は不当であるといわなければならない。

4  原告の請求は権利の濫用であるとの主張に対して

(一) 原告は、条例に規定する「県民の公文書の開示を求める権利」に基づき、条例上の手続に従って権利を行使するものであるから、右原告の行為は権利の濫用とならない。

(二) 福岡県情報公開条例解釈運用基準によれば、条例四条(利用者の責務)について、「この条例によって得た情報が不適正に利用されたことが確認されたときは、実施機関は、当該不適正利用者に注意するとともに、以後の請求に対して特に慎重な対応をするものとする」として、事後的な措置を取り得るにすぎないことを明記しているのであって、何らの文書も開示していない段階で、条例九条から離れて「権利の濫用」のみを理由として開示請求を棄却し、事前差止を行うことは許されないのである。

(三) 原告は、現在、生徒の学習権を中心に教育法の研究に従事している者であるが、現在の学校制度の持つ矛盾が各高等学校における中途退学や原級留置の問題として具体的に現れたものと考え、学校制度の改革と学校運営のあり方の改善に役立てる目的で、中途退学や原級留置の問題の発生原因を各高等学校別に多角的に調査、研究するために、本件開示請求を行ったものである。

被告は、福岡県における教育行政の責任者として、中途退学者や原級留置者を減らすための政策に取り組み、学区制や入試制度を改善して学校格差の解消に努め、学校や学級規模の適正化をはかるなどして、行き届いた教育を実施するための諸条件を具体的に整備確立する責務を有するものであるが、中途退学及び原級留置の問題を解決するための具体的政策を全く立てず、長年放置してきた。

そこで、前記の諸問題を解決し、生徒の豊かな成長と学習権の保障に役立つ教育政策を樹立し、実施するためには、教育行政への住民参加の基盤を確立することが重要であって、本件開示請求もその趣旨に沿うものである。

第三  証拠<省略>

理由

第一  本件非開示決定及び一部変更決定について

一  本件各決定に至る経過

請求原因1ないし5項は当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない事実と<証拠>を総合すれば次の事実が認められる。

1  原告は、現在福岡県内に居住する者であり、昭和二八年東京大学法学部を卒業後、福岡県立高校に勤務するかたわら、昭和四六年に日本教育法学会会員、昭和五六年に全国高等学校教育法研究会会員、常任委員となり、同年福岡県高等学校教育法研究会を結成し、同会長となり、昭和六〇年四月からは西日本短期大学教授となり、現在に至り、主として生徒の学習権保障等をテーマにして教育法の研究をし、研究雑誌等に論文等を発表してきた者である。

2  近年、全国的に高等学校における中途退学者及び原級留置者が増加する傾向にあり、このことが現在の高等学校教育における重要な問題点の一つであると認識されるに至っている。そして、その原因が教育関係者の関心を集めるとともに、中途退学者及び原級留置者の数を減少させることが、高等学校教育の一つの課題とされている。このことは福岡県においても同様である。そこで、原告は、中途退学者及び原級留置者の発生・増加に関する制度的要因を究明するための一資料として、本件情報を活用しようと考えた。すなわち、各県立高校別の中途退学者数、原級留置者数を求め、これに対して、その高校の置かれた諸条件を調査、検討、分析して対比させることにより、その原因を究明しようと考えた。

そこで、原告は、昭和六二年四月二八日、被告に対し、条例五条一項一号、六条に基づき、福岡県内における昭和六〇年度各県立高校の中途退学者数及び原級留置者数を記録した公文書の開示を請求した。

3  被告は、原告の右請求に対し、昭和六二年五月一二日、条例九条一号本文、三号、五号該当を理由にして、条例七条一項による本件非開示決定をした。

これに対し、原告は、右非開示決定を不服として、昭和六二年七月一三日、被告に対する異議の申立をした。

4  被告の諮問を受けた情報公開審査会は、審査の結果、昭和六二年一一月五日、本件開示請求は、条例九条一号本文、三号、五号のいずれにも該当せず、また、同条の他の各号にも該当しないとして、本件公文書をいずれも開示すべき旨、被告に答申した。右答申後、福岡県労働組合評議会、福岡県地方公務員労働組合共闘会議、学者・文化人五三名などから本件情報を開示せよという陳情・要望が出され、福岡県公立高等学校長協会(以下「校長会」という。)、福岡県高等学校父母教師会連合会などから本件情報の開示に反対する旨の陳情・要望がそれぞれ出された。

5  右答申を受けた被告は、昭和六二年一二月二三日、本件各高校別の中途退学者数、原級留置者数の開示請求はいずれもなお条例九条一号本文、三号、五号に該当するとしながらも、当初の処分を一部変更して、昭和六〇年度の県立高等学校の学年別、理由別及び地区別の中途退学者数及び原級留置者数を開示する旨の、本件一部変更決定をした。

その内容は、県下の約一一〇の高校を四地区に分けた各地区の中途退学者及び原級留置者の総数及び学級別、理由別の総数を開示するというものである。しかし、原告は、前記認定のとおり、学術研究の資料として、各高校別の中途退学者数、原級留置者数を求め、これとその高校の置かれた諸条件を調査、検討、分析してその中途退学、原級留置の原因を究明しようとするものであるから、その目的からすれば、県下の約一一〇の高校を四地区に分けた各地区の総数を明らかにするだけでは殆どその目的を達せず、また、学級別、理由別の総数は、むしろ原告の請求していない数値の開示であり、高校別の数値の代わりになり得るものとも考えられない。なお、後記認定のとおり、被告は、既に地区別、学年別、理由別の数値については、各県立高校に通知し、文部省に報告するとともに、報道機関に対しても公表しているものであるから、改めてこれを開示する意味はない。したがって本件一部変更決定は、原告にとって、実質上は、全面的非開示に等しいものであった。

二  本件情報公開制度の経緯について

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  昭和五八年一〇月に、福岡県の委託を受けた、五名の学者からなる情報公開制度研究会は、福岡県における情報公開制度のあり方について、諸外国の先例、わが国の他の地方公共団体の動向、学説・判例等を検討して、昭和五九年三月に「福岡県における情報公開制度のあり方について」と題する報告書(甲第一〇号証)を提出し、福岡県に望まれる情報公開制度についての基本的な考え方とその制度化への課題を明らかにした。

2  ついで、昭和五九年七月に福岡県下各界から委嘱された二〇名の者からなる福岡県情報公開審議会が設けられ、県知事の諮問を受けて、前記研究会の報告書、情報公開に関する県民の意識調査、先進都県の実地、経験等を基に検討、審議した結果、昭和六〇年三月三〇日に「福岡県における情報公開制度の在り方について」と題する答申(甲第一一号証)をし、情報公開制度の基本的な考え方、その内容、具体的方策等が示された。その主旨は、県民の情報の公開を求める権利を制度化することを中心として、県政に係る行政情報を広く県民に開示・開放すべきであるとするものであった。

3  福岡県は、この答申の趣旨を踏まえて、情報公開制度の準備を進め、昭和六〇年一一月「福岡県の情報公開制度の大綱」(甲第一二号証)と題して右制度の骨子を発表した。その主旨は、〈1〉県民の公文書の開示を求める権利を明らかにすること、〈2〉情報提供施策の拡充及び情報公開制度の拡充、〈3〉情報公開の総合的窓口の設置等が示された。

4  そして、これらの趣旨に則り、昭和六一年三月三一日、本件福岡県情報公開条例(同年福岡県条例第一号)が公布され、同年九月一日施行された。県は、右施行に先立ち同年八月条例の趣旨、解釈及び運用について、「福岡県情報公開条例解釈運用基準」(甲第九号証、以下単に「解釈運用基準」という。)なるものを作成して県の各出先機関にその趣旨を徹底するよう通達している。

三  本件公文書の意義、作成、保管

<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  被告による中途退学者及び原級留置者に関する調査

(一) 調査の目的、法的根拠等

被告は、県立高校における教育を適切に運営するための政策立案にあたっての一般的な基礎資料及び個々の県立高校に対する具体的な指導に用いるための基礎資料を収集する目的で、地方自治法二条三項一五号、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)二三条一七号、五四条一項に基づいて、各県立高校における中途退学者数及び原級留置者数の調査(以下「本件調査」という。)を実施している。

被告における本件調査の担当部署は、福岡県教育庁教育第一部高校教育課(以下「高校教育課」という。)であり、同課において本件調査に関する事務の全てが処理されている。なお、同課課長は、本件調査によって得られた情報についての開示請求に対する開示・非開示等の決定の決裁専決権を有している。

(二) 調査の実施方法

本件調査は、各県立高校において、被告から配布された報告書の調査項目に該当する生徒数を記載し、これを被告に提出するという方法で、全県立高校を対象に、毎年度実施されている。

右報告書には、当該県立高校における調査年度の中途退学者数及び原級留置者数を学年別及び細かく分類された各理由別に記載することとされている。その理由別の項目は、中途退学については、〈1〉学業不振、〈2〉学校生活・学業不適応、〈3〉進路変更、〈4〉病気・けが・死亡、〈5〉経済的理由、〈6〉家庭の事情、〈7〉問題行動等、〈8〉その他の各項目に分類され、また、原級留置については、〈1〉成績不振、〈2〉出席日数不足、〈3〉その他の各項目に大別されたうえで、特に出席日数不足の項目については、a怠学、b登校拒否・心身症等、c病気・けが、d家庭の事情、その他の各項目に細かく分類されている。

各県立高校は、右報告書の各項目にそれぞれ該当する生徒数を記載して、被告に提出するが、中途退学及び原級留置の理由は、実際には前記の類型化された理由のうちのいくつかが複雑に絡まりあい、競合している場合が多いので、当該県立高校において、該当生徒にとっての主たる理由と考えられるものを選択して報告しているのが実情である。なお、右報告書には、それぞれの項目に該当する生徒氏名・住所・生年月日等直接にその者を特定し得る事項は記載されない。

被告宛に提出された右報告書は、高校教育課において受理された後、様々な形式に整理、集計されて、県立高校における中途退学及び原級留置に関する資料の附表や集計表等が作成される。右報告書及びこれに基づいて作成された文書等は、全て同課において保管される。

(三) 調査によって収集した情報の活用状況

高校教育課において整理・集計された前記情報のうち、地区別、学年別、理由別等の全県的な数値については、教育委員会会議において、各教育委員に報告される。また、被告は、地区別、学年別、理由別の数値については、各県立高校に通知し、文部省に報告するとともに、報道機関に対しても公表しているが、各県立高校ごとの調査結果について、これを全て列挙した一覧表という形式で公表することはない。

被告は、中途退学者や原級留置者が多数生じている県立高校に対しては、個別に指導主事等を派遣して、中途退学者や原級留置者の発生を減少させる努力を尽くすよう指導しているものの、前記情報を活用して中途退学・原級留置問題を解決するための具体的な政策を立案・検討したことはなく、前記情報は、継続的な調査によって得られた統計資料として、保管されているにすぎない。

2  本件公文書の内容等

本件公文書は、前記報告書のうちの昭和六〇年度における調査によって収集されたもの及びこれを整理・集計して作成された昭和六〇年度における各県立高校の中途退学者数及び原級留置者数に関する資料の附表、集計表等の公文書によって構成されている。

本件公文書には、様々な項目にわたって分類・整理された各県立高校における中途退学者及び原級留置者の人数が記載されているのみで、中途退学者及び原級留置者の氏名・住所・生年月日等直接にその者を特定し得る事項の記載はない。

3  本件公文書が開示された場合に予想される影響等

(一) 福岡県における県立高校の状況

福岡県には約一一〇校の県立高校が存するが、これらの県立高校の間には、入学試験の難易度や大学等への進学状況に関する学校間の格差が存しており、その内容については、被告はこれを公表していないものの、入学試験対策用の参考書等を通じて、高等学校を受験しようとする中学生、その父母及び中学校の教師等には広く知られているのが実情である。

また、右の学校間の格差と各県立高校における中途退学者・原級留置者の人数との間には、例外はあるものの、ある程度の相関関係が存すると考えられている。

(二) 本件公文書が開示された場合の影響について

被告は、教育委員会会議等における協議の結果、本件公文書が開示された場合に生ずる弊害として、以下のような事由を想定した。

(1) 入学時における生徒の資質、学習意欲、興味関心等については各県立高校間に非常な差異が存すること、高等学校在学期間は生徒間に非常な能力差を生じる時期であること、各県立高校ごとに中途退学や原級留置の基準(必修単位、必要出席日数、学習の到達度や生徒の生活態度に対する基準)が異なっていること等から、各県立高校ごとの中途退学者や原級留置者の数値を比較しても無意味であり、単に誤解を招くだけである。

(2) 教職員や生徒は、その学校における中途退学者や原級留置者の氏名を知っていることが多いから、本件情報の公表をきっかけとして、当該学校の教職員、級友等を通じて、中途退学者や原級留置者の氏名が周囲に知らされる可能性がある。

(3) 中途退学者等が多い県立高校については、現に存する社会的偏見等を悪い方向に助長し、その社会的評価を一層低下させ、その結果、生徒が学習意欲や愛校心を失って、教育活動に著しい障害が生じるとともに、在校生や生徒、卒業生に対する誤解、偏見が生じ、就職、結婚等について不利益が降りかかるなどの社会的な問題が生じるおそれがある。

(4) 中途退学者等が多い県立高校については、社会的な圧力に負けて、中途退学や原級留置の基準を緩和することによりその数を減らすなどの姑息な措置をとることによって真相を覆い隠すおそれがある。

(三) 被告に対する陳情について

情報公開審査会が被告に対し、本件公文書を開示すべきであるとの答申をなした後、福岡県における県立高校校長の全員が加入している団体である校長会から被告に対して、本件公文書の開示に強く反対する旨の陳情がなされたが、その理由とするところは、〈1〉県立高校間の序列が明確になること、〈2〉中途退学者数等の多い県立高校に対して地域社会、父兄からの圧力が加えられ、中途退学者等の基準に関する従来からの方針を維持できなくなること、〈3〉中途退学者数等の多い県立高校について悪い印象を抱かれる結果、生徒の就職等に不利益が生じ、かつ、当該県立高校への入学志願者が減少すること等であった。

また、その後、各県立高校における父母教師会、保護者会及びこれらの全県的な組織である高等学校父母教師会連合会(以下、これらを総称して「PTA等」という。)からも、同趣旨の陳情がなされた。

(四) 県立高校に関する各種情報の開示状況とその影響

被告は、毎年、各県立高校の入学試験の定員、志願者数、受験倍率等について、報道機関に公表しており、その内容は新聞等で報道されている。

また、各県立高校の入学者数、卒業者数についても公文書等によって公にされており、これらの数値を参考として、各県立高校における中途退学者数等をある程度推測することが可能である。なお、かって、右の推測された数値が、ある新聞によって報道されたところ、その内容が社会に大きな反響を呼び、右数値の多い特定の県立高校に対して、地域住民、報道機関等からの批判、激励、協力の申出等が寄せられたことがあった。

(五) 他の都道府県での実状等

東京都では、都教育委員会が毎年度作成する公立学校統計調査報告書「東京都公立学校一覧」の中に、生徒数、学級数、教職員数、施設の状況、編転入転出・休学者数等と並んで、各高等学校ごとの原級留置者、中途退学者の数が記載され、これは一般都民に閲覧可能な情報コーナー等に備え付けられている。

また、昭和六三年三月一一日茨城県教育委員会に対してなされた昭和六一年度中途退学者数及び原級留置者数の開示請求に対して、同年三月二五日同県教育委員会は一旦一部(学区別、理由別、学年別の数)を開示する旨の決定をしたが、請求者の異議申立により、平成元年三月二八日請求どおり高校別の数を開示した例がある。

第二  被告の本案前の主張について

一  本件非開示決定及び一部変更決定の取消請求について

前記認定のとおり、本件非開示決定は、原告の異議申立により、情報公開審査会の答申を経て、被告は、本件に関する当初の決定を一部変更する旨の本件一部変更決定をしたことが明かである、したがって、本件非開示決定は、既に一部変更決定により変更されているから、原告の本件非開示決定の取消請求は、その一部変更決定によって変更された非開示決定(以後、この一部変更決定によって変更された本件非開示決定のことを、単に「本件非開示決定」と呼ぶことにする。)の取消しを求めるものと解される。そうすると、右非開示決定の取消しのほかに本件一部変更決定そのものの取消しを求める利益はなく、また、右一部変更決定は、非開示決定を原告に有利に変更したものであるから、原告にはその取消しを求める利益はないといわざるを得ない。よって、原告の本件一部変更決定の取消しを求める請求は、訴えの利益がないものとして却下を免れない。

二  本件非開示決定が取消訴訟の対象に該当するか否かについて

被告は、本件非開示決定は行訴法三条二項にいう「行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為」に該当せず、取消訴訟の対象とならないから、これの取消しを求める原告の訴えは不適法であると主張するので、以下検討する。

行訴法三条二項にいう「行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為」とは、国または公共団体の行う行為のうちで、その行為により直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものと解すべきである。よって、これを本件非開示決定について考察する。

まず、その根拠となった本件情報公開条例の規定をみると、第一条は、「この条例は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにし、併せて情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政への参加のより一層の促進を図るとともに、県政に対する県民の理解と信頼を深め、もって地方自治の本旨に即した公正で開かれた県政の発展に寄与することを目的とする。」と規定し、第五条は、請求権者等として、福岡県内に住所を有する者、県内に事務所又は事業所を有する個人、法人、団体、その事務所、事業所に勤務する者、県内の学校に在学する者、その他実施機関が行う事務事業に利害関係を有する者を、公文書の開示を請求できる者として列挙し、第六条は、その請求の具体的方法を定め、第七条は、右公文書開示の請求があったときは、実施機関はすみやかに開示するかどうかの決定をしなければならないこととし、第九条は、その判断基準として、請求に対し、開示しないことができる場合を制限的に列挙し、第一一条は、実施機関は、非開示決定に対し行政不服審査法による不服申立があった場合は、当該不服申立が明らかに不適法であるときを除き、遅滞なく、福岡県情報公開審査会の議を経て、当該不服申立についての決定をしなければならないと規定している。

このような条例の規定内容、特に、〈1〉右条例の目的として、明確に県民の「公文書の開示を求める権利」を明らかにすると規定していること、〈2〉一定の例外的場合(第九条)を除いて、原則として実施機関にその管理する公文書を開示すべきことを義務づけていること、〈3〉非開示決定に対して行政不服審査法による不服申立ができることを前提としていること、及び前記認定のとおり、右条例制定までの経過において、本件情報公開制度の主たる意義・目的は、民主政治の発展をより効果的にするため、住民の「知る権利」を制度的に保障することにあるとされていたこと、などを総合すると、条例は、県民の県政への参加を促進するという目的達成のため、県内に居住する者等第五条に列挙する者は当然に県の行政に利害関係を有する者と認め、これらの者に、実施機関に対する公文書の開示を求める個別的、具体的な請求権を付与しているものと解するのが相当である。そして、公文書の開示請求に対して実施機関のする非開示の決定は、公権力の行使により右開示請求権を制限するものであるから、これが抗告訴訟の対象としての行政処分性を有することは明らかである。よって、被告の前記主張は理由がない。

三  訴えの利益について

被告は、原告は本件公文書の開示を求める法的な権利を有していないから、本件訴えは、行訴法九条にいう「法律上の利益」を欠くものであり、不適法であると主張する。

しかし、前項で判示したとおり、条例は、県民の公文書の開示を求める権利を、県民に個別的、具体的に保障しているものと解され、原告は、県民として、右権利に基づき、本件公文書の開示を求めているものであるから、原告は、本件非開示決定によって、自己の有する右権利を侵害されたものとして、右非開示決定の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものといわざるを得ない。よって、被告の右主張は理由がない。

また、被告は、昭和六〇年度に全日制の県立高校に在学していた生徒は既に卒業しており、また、当時、県立高校に勤務していた教諭の半数程度は入れ替わっているから、本件開示請求の目的である調査、検討、分析の対象が存在しないとして、本件訴えには、本案判決をする具体的な利益がないと主張する。

しかし、原告が本件非開示決定によって侵害されたとする法律上の利益とは、本件公文書の開示請求権そのものであるから、右公文書が被告によって任意に開示されたり、原告が何らかの方法で右公文書の記載内容と同様の情報を得ることによって、右公文書が開示されるのと同様の状況に至らないかぎり、原告としては、前記公文書の開示を受けるために本件非開示決定の取消しを求める利益があるというべきである。しかも、前記認定のとおり、原告は、各高校別の中途退学者数、原級留置者数を、その高校の置かれた諸条件を調査、検討、分析することによりその中途退学や原級留置の原因を究明しようとするのであるから、仮に当時高校に在学していた生徒が卒業し、当時高校に勤務していた教諭の半数程度が入れ替わったとしても、直接生徒又は教諭に当たって調査することが多少困難になることはあっても、その他の方法による調査、検討、分析が不可能になるとは考えられない。本件全証拠によっても、本件非開示決定の取消しを求める具体的利益が喪失したことを窺わせる事情は何ら認められない。よって、いずれにしても、被告の右主張は理由がない。

四  本件訴えは行訴法一〇条一項に反するとの被告の主張について

前判示のとおり、原告は、条例に基づく公文書の開示請求権の行使として本件開示請求をし、被告の本件非開示決定により自己の有する右権利を違法に侵害されたとして、右決定の取消しを求めるものであるから、これは正に自己の法律上の利益に基づくものであり、これをもって自己の法律上の利益に関係しない違法を主張するものということはできない。

よって、被告の右主張は理由がない。

五  本件訴えは、行訴法四二条に反するとの被告の主張について

被告は、本件非開示決定の取消しを求める訴えは、行訴法五条に規定された民衆訴訟に該当すると主張するが、本件訴えは、前示のとおり、原告が右決定によって侵害された自己の具体的な法律的利益の救済を目的として、その取消しを求める訴え(行訴法三条)であると解されるから、行政の法適合の確保を目的として、自己の法律上の利益にかかわりなく提起できる民衆訴訟とはその類型を異にする。よって、本件訴えが民衆訴訟に該当することを前提とする被告の主張は失当である。

六  以上のとおり、本件非開示決定の取消しを求める訴えに対する被告の本案前の主張はいずれも理由がない。

第三  本案についての判断

一  条例の解釈、運用について

1  条例三条前段によれば、「実施機関は、県民の公文書の開示を求める権利が十分に尊重されるように条例を解釈・運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされないように最大限の配慮をしなければならない。」とされている。

そして、条例は、前記認定のとおり、基本的には、憲法二一条等に基づく「知る権利」の尊重と同法一五条の参政権の実質的確保の理念に則り、それを県政において実現するために制定されたものであって、県の有する情報については公開を原則とするものと解される。また、県が実施機関等に示した前記解釈運用基準においても、「原則公開の立場から適正に解釈し、及び運用しなければならない。」としている。

2  条例は、右のように、県の有する情報は公開を原則としながらも、条例九条一号ないし七号において、例外的に公開しないことができる公文書についての各非開示事由を列記しているところ、前記の条例の趣旨、目的、理念に照らせば、右非開示事由に該当するか否かの判断は、条文の趣旨に即して、厳格に解釈されなければならないものと解すべきである。

特に、主として県の行政執行上の利益の保護を図って制定されたと考えられる九条三号ないし五号の解釈に当たっては、そこで保護されるべき利益が実質的に保護に値する正当なものであるか否か、また、その利益侵害の程度が行政機関の主観においてそのおそれがあると判断されているにすぎないか、あるいはそのようなおそれが具体的に存在することが客観的に明白であるといえるか、さらに右のようなおそれがあるとしても、逆にそれを非公開とすることによる弊害はないか、また、公開することによる有用性や公益性はないか等を総合的に検討することが必要である。

なお、条例三条後段には、「実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされないように最大限の配慮をしなければならない。」と規定して、個人のプライバシー等の保護には最大限の努力を払うことを要求しているから、前記非開示事由該当性の判断にあたっても、個人のプライバシー等が十分に保護されるように配慮すべきである。

3  ところで、被告は、本件情報が学校教育に関する情報であることを理由として、他の一般的な行政情報とは異なった配慮のもとに開示の適否を判断すべきものと主張するのであるが、情報の開示を原則とする条例の解釈に当たっては、ことさら、九条各号に明記された非開示事由以外に当該情報の開示を拒否できる場合を認めることは許されず、また、右非開示事由該当性の判断においても、特に条例で認められたものの他には、その情報の性質等を理由として、特別に緩やかに判断することが容認されるわけではない。

よって、単に学校教育の特殊性等を理由に公文書開示の限界を緩やかに設定すべきであるという被告の主張は採用できない。

4  そこで、以上のような観点から、本件公文書が条例九条各号に定められた非開示事由に該当するか否かについて、以下順次検討する。

二  本件公文書の条例の非開示事由該当性について

1  九条一号該当性について

(一) 条例九条一号本文は、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得る」情報が記録されている公文書については、これを開示しないことができる旨定めている。

そこで、県の定めた前記解釈運用基準を参考としつつ、本号の趣旨を考察するに、本号は、条例三条でうたわれている個人のプライバシーの保護を目的としたものであり、個人の尊厳の確保、基本的人権の尊重のため、個人のプライバシーは最大限に保護されるべきであるとの観点に立ちつつ、プライバシーが一旦侵害されると、当該個人に回復困難な損害を及ぼすこと、また、プライバシーの概念は法的にも未成熟、不明確であるため、個人のプライバシーを侵害するおそれをあらかじめ予防するために、個人に関する情報の記載された公文書を原則的に非開示として、実施機関に非公開の権限を付与したものであると解される。

(二) 本号によって、「開示しないことができる」情報というためには、当該情報が、〈1〉個人に関する情報であること及び〈2〉特定の個人が識別され、又は識別され得るものであることの二つの要件を満たすことが必要である。

(三) 「個人に関する情報であること」の要件について

前述の本号の趣旨に照らせば、本号にいう「個人に関する情報」とは、当該情報の内容が開示された場合に個人のプライバシーが侵害されるおそれのある情報に限定されるものではなく、およそ個人に関係する情報であれば、全て「個人に関する情報」の要件に該当するものと考えるのが相当である。具体的には、思想、宗教、意識等の個人の内心の秘密に関する情報、体力、健康状態等の個人の身体に関する情報、資格、学歴、犯罪歴等の個人の経歴に関する情報、職業、家族、交遊関係等の個人の生活状況に関する情報、財産、所得等の個人の財産状況に関する情報がこれに該当すると考えられる。

ところで、前記認定のとおり、本件公文書には各県立高校ごとの中途退学者及び原級留置者の人数が記載されているのみで、生徒個人の氏名、住所、生年月日等直接に当該生徒を特定し得る事項の記載はないから、文書の表記上は、本件情報は生徒個人に関する情報というよりは、各県立高校に関する情報というべき内容のものであるが、各県立高校ごとに集計された右の数値の意味するところは、結局、個々の生徒個人に関する中途退学や原級留置の事実の集合ともいうべきものであるから、一応、本件情報も「個人に関する情報」に含まれるものと解するのが相当である。

(四) 「特定の個人が識別され、又は識別され得るものであること」の要件について

「特定の個人が識別され、又は識別され得る」とは、特定の個人が当該情報から識別できること、又は識別できる可能性のあることをいう。一般的には、特定の個人を識別する要素は、氏名、住所、生年月日等であるから、これらの要素が含まれている情報は、特定の個人が識別できる情報に該当する。また、右の要素がそもそも記載されていなかったり、削除・抹消されていたとしても、当該情報中の他の部分から特定の個人が推測できたり、本件公文書以外の他の情報と結合することによって、特定の個人が推測できる情報については、特定の個人が識別できる可能性があるというべきである。

そこで検討するに、前記のとおり、本件公文書には特定の個人に関する氏名、住所、生年月日等直接に特定の個人が識別できる要素の記載はないから、本件情報は、「特定の個人が識別され」る情報には該当しない。また、本件公文書には人数の記載しかないから、通常、かかる数値のみの情報から特定の個人を推測して識別することは不可能であると解される。

さらに、本件情報を他の情報と結合することによって特定の個人が推測できる可能性について検討するに、本件情報は単なる数値による情報であるから、特定の個人がその数値の中に含まれることが推測できるためには、これを推測しようとする者が現実に中途退学や原級留置となった者の氏名を認識していることが必要であるところ、その場合には、本件情報が存在しなくとも、推測しようとする者にとっては誰が中途退学や原級留置となったかは明らかであるから、かかる場合においては、もはや本件情報を非開示とする必要は認められない。よって、本件情報は、他の情報と結合することによって特定の個人が推測できる情報にも該当しない。

以上により、本件情報は、「特定の個人が識別され得る」情報には該当しない。

(五) なお、被告は、本件公文書が開示されることを契機として、中途退学者や原級留置者の周囲の者が、当該生徒の氏名を広く公表したり、また、第三者が当該生徒の氏名の調査を開始する可能性があり、その結果、当該生徒の氏名が明らかとなり、特定の個人が識別される事態が生じると主張する。しかし、本件全証拠によってもそのような客観的な可能性を認めることができないのみならず、仮にそのような可能性があったとしても、本号に規定する非開示事由の判断については、そのような極めて例外的、間接的な事情についてまで考慮することは相当でない。

(六) 以上により、本件公文書は、条例九条一号に該当しないというべきである。

2  九条三号該当性について

(一) 条例九条三号は、「県の機関内部もしくは機関相互間又は県の機関と国又は他の地方公共団体その他の公共団体(以下「国等」という。)の機関との間における審議、検討、調査研究等に関する情報であって、開示することにより、当該又は同種の審議、検討、調査研究等に著しい支障を生ずるおそれがある」情報が記録されている公文書については、これを開示しないことができる旨定めている。

そこで、前記解釈運用基準を参考としつつ、本号の趣旨を考察するに、本号は、行政における内部的な審議、検討、調査研究等が円滑に行われることを確保する観点から、非開示事由を定めたものであると解される。即ち、県民参加の県政の推進という情報公開制度の趣旨・目的に照らせば、行政における内部的な審議等の意思形成過程における情報は可能なかぎり開示されるべきであるが、それらの情報の中には、当該審議等が行政における内部的な意思決定に至るための検討段階であったり、自由な意見交換の場であったりするために、未成熟・不正確な情報であることや検討素材として利用するために特に公にしないという条件を付して、外部から信頼関係や協力関係に基づいて任意に提供された情報であることも多く、そのような情報が開示された場合には、県民に不正確な理解や誤解を与えるおそれや一部の利用者に不当な利益を与えるおそれが生じたり、あるいは、将来の同種の審議等において自由闊達な意見交換を阻害したり、第三者との信頼・協力関係が毀損され、以後の情報収集に支障をきたすおそれを生じることがあるので、本号は、かかる弊害の発生を防止するために設けられたものであると解される。

(二) 本号によって開示しないことができる情報というためには、〈1〉県の機関内部もしくは機関相互間又は県の機関と国等の機関との間における審議、検討、調査研究等に関する情報であること、〈2〉開示することにより、当該又は同種の審議、検討、調査研究等に著しい支障を生ずるおそれがあることの各要件を満たすことが必要である。

(三) 「県の機関内部もしくは機関相互間又は県の機関と国等の機関との間における審議、検討、調査研究等に関する情報であること」の要件について

(1) まず、「県の機関」とは、県の全ての機関をいい、条例に定める実施機関ばかりでなく、執行機関、議決機関、それらの付属機関(職員)や事務局(職員)、執行機関の設置する補助機関をも包含するものであり、「国等の機関」も同様の趣旨である。なお、「国等」には国、地方公共団体及び他の公共団体が含まれる。

したがって、本件情報が本号に規定された非開示事由に該当するためには、本件情報が右に掲げた各機関の内部又は相互間における「審議、検討、調査研究等」に関する情報であることが必要である。

(2) 「審議、検討、調査研究等」について

前記(一)において検討したところの本号の趣旨に照らせば、本号にいう「審議、検討、調査研究等」とは、行政の意思形成過程における企画、審議、検討、調査、研究、協議、調整、相談、打合せ等をいい、これらに「関する情報」とは、審議等に直接使用するために作成、取得した情報及び審議等に関連して作成、取得した情報をいうものと解されるところ、前記第一、三、1に認定したとおり、本件情報は、被告における政策立案のための一般的な基礎資料としての性格も有するものではあるが、行政内部の意思形成過程における特定の企画、審議等に用いることを主たる目的としたものではなく、一般的な現状認識のための確定的な統計資料にすぎないものであって、本号にいう「審議、検討、調査研究等に関する情報」には該当しないものというべきである。

したがって、本件情報は、前記の要件に欠けるものと解するのが相当である。

(四) また、仮に、本件情報が、広い意味での「審議、検討、調査研究等に関する情報」には該当するとしても、以下検討するとおり、本件情報を開示しても、「当該又は同種の審議、検討、調査研究等に著しい支障を生ずるおそれ」は存在しないから、本件情報は本号に規定する情報に当たらない。

前記(一)において検討したところの本号の趣旨に照らせば、本号にいう「著しい支障を生ずるおそれ」とは、〈1〉未成熟・不正確な情報のために、開示することによって県民に不正確な理解や誤解を与えるおそれのあるもの、〈2〉開示することにより、一部の利用者に不当な利益を与えるおそれのあるもの、〈3〉外部から任意に提供された資料で公にしない条件を明示しているもの、〈4〉開示することにより、自由な意見交換が妨げられるおそれのあるもの、〈5〉その他開示することにより、審議等に著しい支障を生ずるおそれのあるもの等を意味するものと解される。

しかしながら、前記認定のとおり、本件情報は、毎年定期的に作成される確定した統計資料であるから、県民に不正確な理解や誤解を与えるおそれや一部の利用者に不正な利益が発生するおそれもない。また、本件情報は、各県立高校から被告に対し、地教行法等の規定に基づいて義務的に提供された情報であって、各県立高校が任意に提供したものではないから、被告と各県立高校の関係及び調査の根拠法令の存在に照らせば、仮に本件情報が開示されたとしても、今後、同種の調査において、各県立高等学校が被告に対する協力を拒み、報告を拒否したり、不正確な報告を行うような事態が生じるものとは解されない。さらに、本件情報を開示することによって、自由な意見交換が妨げられたり、その他審議等に支障が生じるおそれも認められない。よって、本件情報は、前記の要件に欠けるものと解するのが相当である。

(五) 以上により、本件公文書は、条例九条三号に該当しないというべきである。

3  九条五号該当性について

(一) 条例九条五号は、「県の機関又は国等の機関が行う取締り、監督、検査、許可、試験、入札、交渉、渉外、争訟その他の事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の実施の目的が失われ、その公正かつ適正な執行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの又は当該事務事業に関する関係者との信頼関係もしくは協力関係が著しく損なわれ、その円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれがある」情報が記録されている公文書については、これを開示しないことができる旨定めている。

そこで、前記解釈運用基準を参考としつつ、本号の趣旨を考察するに、本号は、事務事業の公正かつ適正な執行又は円滑な執行を確保する観点から、非開示事由を定めたものであると解される。即ち、事務事業に関する情報を開示することによって、当該事務事業の実施の目的が失われたり、当該事務事業の公正性、適切性に著しい支障を生ずる場合があること、また、第三者との信頼関係、協力関係に基づいて、当該第三者から任意の協力による情報の提供を得て、事務事業の円滑な執行を行っている場合には、当該情報を開示することにより、一方的に信頼関係や協力関係を著しく損なうおそれを生じる場合があるので、本号は、かかる弊害の発生を防止するために設けられたものであると解される。

(二) 本号によって、「開示しないことができる」情報というためには、〈1〉県の機関又は国等の機関が行う取締り、監督、検査、許可、試験、入札、交渉、渉外、争訟その他の事務事業に関する情報であり、かつ、〈2〉開示することにより、当該事務事業の実施の目的が失われ、その公正かつ適正な執行に著しい支障を生ずるおそれが存すること、または、〈3〉当該事務事業に関する関係者との信頼関係もしくは協力関係が著しく損なわれ、その円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれが存することの要件を満たす必要がある。

(三) 「県の機関又は国等の機関が行う取締り、監督、検査、許可、試験、入札、交渉、渉外、争訟その他の事務事業に関する情報であること」の要件について

前記(一)において検討したところの本号の趣旨に照らせば、本号にいう「事務事業」とは、当該事務事業に関する情報が開示された場合に、〈1〉当該事務事業の実施の目的が失われたり、その公正性、適切性に著しい支障を生ずるおそれを生じるような事務事業、あるいは、〈2〉当該事務事業の執行について第三者から任意の協力による情報の提供を得ている場合であって、当該第三者との信頼関係、協力関係を著しく損なうおそれを生じるような事務事業でなければならない。

しかしながら、前記のとおり、本件情報は確定的な統計資料であって、特別の政策立案等に用いられるものではないから、これを開示することによって、その実施の目的が失われたり、その公正性、適切性に著しい支障を生ずるような事務事業は存在しないと考えられる。また、本件情報は被告が地教行法等の規定を根拠に各県立高校に対して義務的に報告を求めた情報であって、第三者から任意に提供された情報ではないから、これを開示することによって、信頼関係や協力関係が著しく損なわれるような第三者は存在しないというべきである。そうすると、本件情報が、本号にいうところの「事務事業」に関係する情報であるとは解されないから、本件情報は本号にいう「事務事業に関する情報」には該当せず、前記の要件に欠けるものと解するのが相当である。

なお、被告は、本件情報が被告の行う「試験・監督に関する情報」にあたると主張するが、前述の本号の趣旨に照らせば、本号に規定する「試験に関する情報」というためには、具体的には、資格試験、採用試験等における試験の問題や採点基準又はこれに準ずる情報でなければならず、また、「監督に関する情報」というためには、具体的には、行政が権限に基づいて実施する監督における計画やその方針、内容等に関する情報でなければならないところ、本件情報は右のような情報ではないことは明らかであるから、被告の右主張は採用できない。

(四) また、以下検討するとおり、本件情報を開示しても、「当該事務事業の実施の目的が失われ、その公正かつ適正な執行に著しい支障を生ずるおそれ」及び「当該事務事業に関する関係者との信頼関係もしくは協力関係が著しく損なわれ、その円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれ」は存在しないから、本件情報は本号に規定する情報に当たらない。

(1) 前記第一、三3(四)で認定したところによれば、本件情報が開示され、これが報道機関等を通じて社会に広く報道された場合には、大きな反響を呼び、多数の中途退学者や原級留置者が生じている県立高校に対しては、地域住民、報道機関等からの批判、激励、協力の申出等が寄せられることが予想されるものであるが、かかる反響が生じる前提としては、本件情報が報道機関等を通じて社会に広く報道されることが必要であるところ、前記認定のとおり、本件情報公開制度では、情報は請求者のみに開示されることになっているところ、前記第一、一2認定のとおり、原告は、本件情報を中途退学や原級留置の問題を研究するための資料として利用するものであって、本件情報自体を一般に公表する目的を有するものではない。そして、仮に原告が研究発表等で、特定の高校の中途退学者数又は原級留置者数を公表することがあるとしても、原告自身教育者の一人として、常に学校や生徒に与える影響に十分配慮すると考えられるから、できるかぎり特定の高校名まで明記することは避けることが期待でき、仮に特定の高校名が推認できるとしても、原告の研究の成果(中途退学、原級留置の原因の究明)とともに発表されることになれば、被告らが危惧するような、いたずらに関係者の誤解を招来するような事態の発生する可能性は極めて少ないものと考えられる。本件全証拠によっても、他に、被告らが危惧するような事態が確実に生じるものと解すべき特別の事情の存在は認められない。本件情報が開示されることによって、前記の社会的反響が生じる可能性は少ないものといわざるを得ない。

仮に、かかる社会的反響が生じたとしても、多数の中途退学者や原級留置者の存在することは、それ自体無視し得ない社会的問題であるから、そのような社会的反響が生じることはむしろ当然のことであり、被告としては、当該県立高校とともに、そのような反響に答えて、問題の根本的な解決に努力すべきであって、このような反響の生じること自体を弊害視したり、このような反響の生じることを避けるために現状を糊塗することは許されない。

また、その反響の内容は、単に当該県立高校を誹謗中傷し、圧力を加えて中途退学や原級留置の基準を緩和させ、これらに該当する生徒の減少を強要する性質のものばかりではなく、より根本的に問題の解決を図るための批判や協力の申出というような当該県立高校の教育にとって有益な反響も多く寄せられることも予想されるのであって、弊害のみが生じるものとはいえない。

以上によれば、本件情報が開示されたとしても、被告ないし県立高校の行う事務事業の実施の目的が失われ、その公正かつ適正な執行に著しい支障を生ずるおそれがあるものとは解されない。

(2) 県によって設置された教育機関である県立高校とこれを指導・監督すべき立場にある被告との間の関係に照らせば、本件情報が開示されたとしても、被告と県立高等学校との間の信頼関係や協力関係が著しく損なわれるとは考えられず、また、被告ないし県立高校の行う試験・監督の事務事業について、本件情報の開示によって、前記のような支障を生ずるような関係者を想定することも困難である。

(五) なお、被告は、本件情報が開示された場合には、前記(四)で検討したこと以外にも様々な弊害が生じると主張するので検討する。

まず、前記第一、三、3で認定したとおり、被告及び校長会、PTA等の関係者中には、本件情報を開示することによって県立高校の教育について様々な悪影響が生じるものと推測し、危惧している者も存在するが、右の推測ないし危惧はいずれも本件情報が原告に対して開示されるだけではなく、報道機関等を通じて、各高校別の中途退学者数、原級留置者数のみが広く一般に公表されることを前提とするものであるところ、前記認定のとおり、本件情報公開制度では、情報は請求者のみに開示されることになっているところ、原告の本件情報の利用目的が学術研究の資料とするためであること、原告自身が教育者、研究者であり、学校や生徒に与える影響等について十分に配慮することが期待できること、等に照らせば、被告や学校関係者らが危惧するような前記の弊害を招来するような事態の発生する可能性は少ないものと考えられる。本件全証拠によっても、他に、被告らが危惧するような事態が確実に生じるものと解すべき特別の事情は認められない。

むしろ、本件情報公開制度の趣旨からすれば、本件情報が開示され、原告らによって有効に活用された場合には、県立高校の教育についての県民の関心を喚起し、教育行政に対する県民の積極的な参加を促す効果を生ずることが期待できるのであるから、本件情報の開示には、教育行政上も望ましい面が存するものというべきである。さらに、県民は、県立高校の運営に要する経費を最終的に負担するとともに、県立高校に自己の子弟の教育を託すことも予想されるのであるから、かかる立場にある県民が、県立高校の教育環境を知ろうとすることは当然の要求であり、県立高校及びその指導責任を負う被告には、むしろこれを広く県民に知らせる責務があるというべきであり、仮に、その教育の実情が県民の批判を招くほどに悪化しているとしても、これを隠蔽することは望ましくないといわざるを得ない。

以上によれば、本件情報が開示されたとしても、被告の主張するような弊害が生ずるとは認められず、また、これを開示した場合の利益等を考慮すれば、ある程度の弊害の発生の可能性が予測されたとしても、それを理由に本件情報について本号の非開示事由の存在を肯定することは相当ではない。

(六) 以上により、本件公文書は、条例九条五号に該当しないと解すべきである。

4  以上のとおり、本件公文書は、条例九条の規定する非開示事由のいずれにも該当しない。

三  被告の権利濫用の主張について

原告は、前記認定のとおり、福岡県における中途退学者及び原級留置者の発生・増加に関する制度的要因を究明するための一資料として、本件情報公開制度に基づき、各県立高校別の中途退学者数、原級留置者数を求め、これと、その高校の置かれた諸条件を調査、検討、分析して対比総合することにより、その原因を究明しようと考えたものである。そして、原告は、福岡県民であるとともに、永年福岡県立高校の教師として勤務してきた者であり、高校教育に対する強い関心を有し、その改善のため、高校教育研究の資料として本件情報の公開を求めているものであるから、前記認定の条例の趣旨からすれば、まことに正当な権利行使というべきであり、そこには何らの権利の濫用も認められない。本件全証拠によっても、他に原告の本件情報公開請求が権利の濫用に当たることを窺わせる事実は認められない。

第四  結論

以上によれば、本件非開示決定は、条例九条に規定する非開示事由になんら該当しないにもかかわらず、原告の本件開示請求を拒否した違法な処分であり、その取消しを求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、原告の本件一部変更決定の取消請求については、訴えの利益がなく不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綱脇和久 裁判官 藤山雅行 裁判官 松藤和博)

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